大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)19号 判決 1967年5月30日
原告 大二特殊木材工芸株式会社
被告 城東税務署長
訴訟代理人 樋口哲夫 外三名
主文
被告が原告に対し、昭和四〇年五月二九日付法人税額等の更正通知書および加算税の賦課決定通知書をもつて原告の昭和三九年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の法人税についてなした更正処分のうち所得金額が金四、三四一、五四三円を超える部分および過少申告加算税賦課決定のうち右所得金額に対応する額を超える部分を取消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は全部原告の負担とする。
事実
(当事者の申立)
第一原告の申立
被告が原告に対し、昭和四〇年五月二九日付法人税額等の更正通知書および加算税の賦課決定通知書をもつて原告の昭和三七年一月一日から同年一二月三一日まで、同三八年一月一日から同年一二月三一日まで、同三九年一月一日から同年一二月三一日までの各事業年度の法人税について、各法人税額を更正し過少申告加算税を賦課した処分はいずれもこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
第二被告の申立
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
(当事者の主張)
第一原告主張の請求原因
一 原告は特殊合板の製造販売を業とする株式会社である。
二 原告は被告に対し、原告の昭和三七年一月一日から同年一二月三一日まで、同三八年一月一日から同年一二月三一日まで、同三九年一月一日から同一二月三一日までの各事業年度(以下単に三七年度、三八年度、三九年度という)の法人税について、次のとおり確定申告した。
(一) 三七年度
申告日 昭和三八年二月二八日
所得金額 金一、七七八、三一三円
(二) 三八年度
申告日 昭和三九年二月二八日
所得金額 金一、五二三、八三三円
(三) 三九年度
申告日 昭和四〇年三月一日
所得金額 金二、一二八、九〇六円
三 被告は原告の右各事業年度の法人税額について、いずれも昭和四〇年五月二九日付法人税額の更正通知書および加算税賦課決定通知書をもつて次表のとおり更正処分ならびに過少申告加算税賦課決定をした。
年度
項目
三七年度
三八年度
三九年度
所得金額
三、四八八、三一三円
二、八二五、二八三円
四、四〇一、五四三円
法人税額
一、二四八、九五〇〃
九〇八、五三〇〃
一、六六一、五四〇〃
納付の確定した税額
五二三、一五〇〃
四三九、八五〇〃
七三四、〇四〇〃
更に納付すべき税額
七二五、八〇〇〃
四六八、六八〇〃
九二七、五〇〇〃
過少申告加算税
三六、二五〇〃
二三、四〇〇〃
四六、三五〇〃
四 原告は右更正処分について、昭和四〇年六月二六日被告に対し異議の申立をしたが、被告は同年七月九日付をもつて右異議申立を棄却する旨の決定をした。そこで原告は同年八月二日更に大阪国税局長に対し審査の請求をしたが、右国税局長は同四一年一月三一日付をもつて右審査の請求を棄却する旨の裁決をし、その裁決書謄本は同年二月一日原告に到達した。
五(一) しかしながら、原告は右各事業年度の法人税額について更正処分ならびに過少申告加算税の賦課決定を受ける理由がない。
(二) 更に被告は右各年度の更正処分をするについて、原告が従業員に対して支給した決算賞与の損金計上を否認したことを主たる理由とするものであるが、右更正処分は禁反言の法理に反し、違法である。
被告は原告の昭和三七年度の法人税の確定申告に対し、種々調査ののち、昭和三八年六月二九日法人税額等の申告是認通知書をもつて、「右年度の申告は正当と認められるから申告是認の処理をした」旨通知してきた。よつて原告は右決算賞与を含む右申告は被告により是認されたものとして昭和三八、三九年度において同様の決算賞与を従業員に支給し、損金処理をして右両年度の申告をした。ところが昭和三七年度の申告から二年余りを経過した昭和四〇年五月二九日に至つて突如被告は全面的に右是認処理をくつがえし、遡つて昭和三七年度から三年間の右申告を否認し、更正処分をしてきたのである。
右申告是認の通知は、申告者の申告内容および申告額を正当として債務関係を確定させる税務官庁の意思表示であつて後日これに反する主張は許されない。原告は昭和三七年度の申告を正当とされたことにより、同種の損金処理を有効なものと信じてその後二年間の申告をしたのである。これが後日税務官庁の恣意により原告に不利益を変更され、否認されるときは、右是認処理の通知を信頼した原告は重大な損害を蒙ることになる。従つて被告のなした前記更正処分は禁反言の法理に照し許されないものである。
よつて原告は被告に対し前記各処分の取消を求める。
第二被告の答弁と主張
一 答弁
原告主張の請求原因のうち第一項ないし第四項の事実は認めるが、同第五項は争う。
二 主張
(一) 原告の昭和三七、三八、三九年度の法人税について確定申告された所得金額に対する更正処分による所得金額の増差額の内訳は次表のとおりである。
年度
内訳区分
三七年度
三八年度
三九年度
加算額
1賞与否認
一、七一〇、〇〇〇円
一、五〇〇、〇〇〇円
一、四〇〇、〇〇〇円
2借入金否認
一、五六〇、〇〇〇〃
一、二〇四、〇〇〇〃
3未収入金(源泉所得税)
一五〇、〇〇〇〃
一九六、七六〇〃
4減価償却超過額
五一一、三二四〃
5仕入計上否認
一四九、八六二〃
6棚卸除外
四九、一七一〃
7雑収入
一〇三、四〇〇〃
8賃貸料否認
三〇〇、〇〇〇〃
(加算額合計)
一、七一〇、〇〇〇〃
三、二一〇、〇〇〇〃
三、九一四、五一七〃
減算額
9未納事業税
一九八、五五〇〃
一四一、八八〇〃
10前記否認金の認容
一、七一〇、〇〇〇〃
一、五〇〇、〇〇〇〃
(減算額合計)
一、九〇八、五五〇〃
一、六四一、八八〇〃
増差額合計
一、七一〇、〇〇〇〃
一、三〇一、四五〇〃
二、二七二、六三七〃
(二) 被告は原告が昭和三七、三八、三九年度において次表のとおり従業員等に対して決算賞与として計上した額を否認した。
(1) 昭和三七年度 金一、七一〇、〇〇〇円
従業員名
期末賞与額
従業員名
期末賞与額
田中京子
一三〇、〇〇〇円
酒井あき
一三〇、〇〇〇円
諏訪とし子
一三〇、〇〇〇
友田和子
一三〇、〇〇〇
久保美智子
一三〇、〇〇〇
恒本つる代
一三〇、〇〇〇
花岡千代子
一三〇、〇〇〇
小田松子
一三〇、〇〇〇
稲葉あい子
一三〇、〇〇〇
竹鼻勝
一八〇、〇〇〇
高田芳一
一八〇、〇〇〇
沢村一夫
一八〇、〇〇〇
(2) 昭和三八年度 金一、五〇〇、〇〇〇円
従業員名
期末賞与額
従業員名
期末賞与額
田中京子
一五〇、〇〇〇円
沢村一夫
二〇〇、〇〇〇円
諏訪とし子
一五〇、〇〇〇
山口達子
二〇〇、〇〇〇
花岡千代子
一五〇、〇〇〇
大寺進
一〇〇、〇〇〇
高田芳一
二〇〇、〇〇〇
高田アイ子
一五〇、〇〇〇
竹鼻勝
二〇〇、〇〇〇
(3) 昭和三九年度 金一、四〇〇、〇〇〇円
従業員名
期末賞与額
従業員名
期末賞与額
田中京子
一五、〇〇〇円
竹鼻勝
二〇〇、〇〇〇円
諏訪とし子
一五〇、〇〇〇
高田芳一
二〇〇、〇〇〇
花岡千代子
一五〇、〇〇〇
沢村一夫
二〇〇、〇〇〇
高田アイ子
一五〇、〇〇〇
山口達子
二〇〇、〇〇〇
(三) 被告が原告の前記(二)の決算賞与を否認した理由は次のとおりである。
(1) 原告は、毎年七月および一二月に賞与を支払つているのであるが、三七年度、三八年度、三九年度においては、さらに(二)に記した従業員に決算賞与なるものを損金計上して、それを直ちに支払わず、未払金に計上していた。そして原告は、前記の従業員らと右決算賞与として損金計上したものについて貸借契約(別紙(一)のとおり)を結び、原告の長期借入金として経理していた。
(2) この契約によると、右貸借は原告にとつては、
(イ) 借用期間は八年間で、
(ロ) 従業員から請求されても返済期日までは三割を返済することで足り、
(ハ) 契約時より三年内に退職した場合には、返済することを要しないものである。
かくて、原告は賞与金を事実上棚上げしたと同様の効果をもつた。
(3) しかして、右貸借は従業員にとつては、
(イ) この貸付金額が自己の受取るべき賞与金であることを意識しておらず、
(ロ) 仮にあとから賞与金と解つても、その使用は原告の一方的な契約によつて事実上不能となつており、
(ハ) しかも、退職時にはこの債権額は当時の代表者の妻である山口達子(当時原告の会計担当者で現代表者である)が買取る形式で二分の一ないし三分の一が支払われているにすぎないのである。
(4) 右1、2、3の事実から次のことが明らかである。
(イ) 原告は従業員に対して決算賞与を支払うことを表明していないし、従業員も決算賞与の認識がないから、原告としては損金性がなく、未払金として計上するに適しない。
(ロ) 一般に従業員に対する賞与は、支給日、算定基礎等は各月の給与とは異なるが、経済的には共に従業員の労務の対価(賃金)である点では同様である。
よつて、この支払については、労働基準法第二四条の規定により特段の定めない限り現金で直ちに支払われるべきものである。
本件の決算賞与は、この規定の趣旨に反し、決算書類でのみ賞与を計上しているのであるから、損金に計上することは適当でない。
(ハ) 仮に、賞与金の性格ありとしても、その金員は一方的に借入金に振替え、凍結され、かつ退職時においては二分の一ないしは三分の一しか支払われていないから、この金額を原告が損金に計上したことは妥当でなく、支払の事実のあつたとき、その額を賞与ないし退職金とみるべき性格のものである。
(ニ) かかる原告の行為は、原告が同族会社で、いわゆるワンマン経営の会社であるからできるのであり、通常の会社においては考えられない行為である。
(四) 原告のこのような支払方法による賞与の支給を、計上時に損金とすることは、期間計算による法人税課税の公平を期しがたく、また従業員に対して受給者として源泉所得税を課することも適当でない。
よつて、かかる原告の行為計算は、利益調整のための操作とみるべきである。
そして原告のかかる経理操作により賞与を損金に計上することを容認した場合には、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるから、被告は、これを旧法人税法(昭和四〇年法第三四号改正以前)第三〇条により否認したのであり、この点においても何ら不適法な点はない。
(五) 被告は、原告主張のとおり、原告の昭和三七年度の法人税の確定申告に対し、被告は法人税額等の申告是認通知書により申告是認通知をした後、前記更正処分をしたことは認めるが、それにより原告主張のように右更正処分が違法となるものではない。
被告のなした申告是認の通知行為は法律上の要請にもとづくものではなく、もつぱら税務当局の事務上の便宜あるいは納税者に対する便宜の供与という事実上の行為であつて、これによつて納税者に直ちになんらかの法律上の効果を生ぜしめるような行政処分ではない。したがつて、被告が原告に対し右是認通知を取り消すことなく本件更正処分をしたからといつて、この更正処分の効力に何等の消長を来すものではない。ことに原告のいう申告是認通知は「・・・現在までの調査したところによれば・・・」云々という内容のものであり、爾後の事業年度の法人所得についてはもちろん、是認通知の事業年度の所得についても以後調査をしないとか更正処分をしないとかの確認ないし確約をしたとかいうものではないのであるから、これを理由に禁反言の法理に反するといえないことが明らかである。
第三被告の主張に対する原告の答弁と反論
(一) 被告の主張(一)のうち原告の昭和三七、三八、三九年度の法人税について確定申告した所得金額に対する更正処分による所得金額の増差額の内訳が被告主張のとおりであること、右内訳区分の右各年度の賞与否認額を除く加算額、減算額については原告の確定申告額に加算減算されるべきものであることは認めるが、右賞与否認額は申告所得額に加算されるべきものではない。
(二) 原告の否認の対象となつた右各年度の賞与額の内訳は被告の主張(二)(1)、(2)、(3)のとおりであることは認める。
(三) 被告の主張(三)(四)は争う。
(1) 原告は昭和三七年度においては従業員沢村一夫外一一名に対し合計金一七一万円の決算賞与を支給することを決定し、源泉所得税概算額を控除したうえ、合計金一五六万円を、昭和三八年度においては沢村一夫外九名に対し合計金一五〇万円の決算賞与を支給し、そのうち合計金一四〇万円を、昭和三九年度においては沢村一夫外七名に対し合計金一四〇万円の決算賞与を支給し、そのうち合計金一二〇万円を次の条件で借り入れた。
(イ) 借用期間は八年とする。
(ロ) 最初の三年間は毎年一割づつ返済し、最後に全額返済する。但し原告はできるかぎり速かに返済する義務を負い、資金に余裕のあるかぎり繰上げて支払う。
(ハ) 退職者は貸付金残額を他の残留従業員に譲渡するかまたは従業員にして引受ける者がないときは原告代表者が貸付残額の少くとも四分の一の限度で引受ける。
(ニ) 利息は年七分とする。
そして原告はその旨の借用証書を各人に手交し、利息を現実に支払つている。
右賞与を受給した従業員は、原告が大阪市北区に工場を有していた当時から勤続し、昭和三五年二月同工場が火災で全焼したときにも離散することなく原告の再建に力を尽してくれた従業員であつて、原告はこの功労に報いるとともに引続き勤続してくれるように右のような特別の決算賞与を支給したのである。
ところで中小企業が従業員の確保に非常な苦労を払つているのは顕著な事実である。原告は常時約四〇名の従業員を擁する小企業であつて、もとよりその例外ではない。絶えず従業員の大企業その他条件のよい他企業への転出を防ぎ、また従業員を雇入れるため乏しい会社の収益の中から従業員の好待遇を図らなければならない。右賞与金も原告の長年勤続者を対象とする右の処遇のあらわれである。
被告は退職者から当時の原告代表者の妻山口達子が貸付金残額をその二分の一ないし三分の一の金額で買取つたことをもつて賞与否認の理由としているが、右債権の買受けは前記借受け約定にもとづくもので原告の一方的な意思によるものではなく、また長期の貸金を現時点で譲渡するとすれば或る程度低額となるのは止むを得ないのである。
(証拠省略)
理由
一 請求の原因第一項ないし第四項の事実は当事者間に争がない。
二 次に被告の主張のうち原告の昭和三七、三八、三九年度の法人税について確定申告された所得金額に対する更正処分による所得金額の増差額の内訳、右内訳区分の右各年度の賞与否認額を除く加算額、減算額については原告の確定申告額に加算減算さるべきものであること、否認の対象となつた右各年度の賞与額の内訳は被告の主張(二)(1)(2)(3)のとおりであることは当事者間に争がない。
三 そこで被告が原告の従業員に対する賞与の損金計上を否認したことの当否について検討する。
成立に争のない甲第一号証、同第二号証の一ないし一二、同第三号証の一ないし九、同第四号証の一ないし八、同第五号証の一ないし一二、同第七号証の一ないし一四、乙第一号証、同第五号証、同第九号証、同第一三号証、同第一六号証、同第一八号証ないし二一号証、証人長沢信夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証、同第六号証、同第一〇号証に証人沢村一夫、同上柳秋次、同高田あい子の各証言および原告代表者本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、
(一) 原告は山口政二が昭和四一年五月一六日に死亡するまでは同人がまたその後現在まではその妻山口達子が代表取締役をする従業員三〇名余りの税法上の同族会社であること。
(二) 原告は従来から毎年七月と一二月に従業員賞与を支給しているが、昭和三八年二月、昭和三七年度の法人税の確定申告をするに当つてこれとは別に被告の主張(二)(1)記載の内容の決算賞与を損金に計上して、未払金として処理し、一方、昭和三八年三月頃、当該従業員に対しては昭和三五年(この頃大阪市北区にあつた原告の工場が火災のため焼失し、現在の同市城東区に移転)以前から勤務している者に対して昭和三七年度の決算賞与を支給するということで別紙二記載のとおりの信用証書に右賞与額から源泉所得税を控除した額であるとしてそれぞれ別紙三表昭和三七年度欄記載の記入して各従業員にその借用証書を交付し、また昭和三八年度、三九年度においても同様の措置として、被告主張(二)(2)(3)記載の内容の決算賞与を損金に計上し、当該従業員に対しては別紙二とほぼ同趣旨(返済期限八年)の内容の借用証書にそれぞれ別紙三表昭和三八年度欄、昭和三九年度欄記載の金額を記載して昭和三八年度の分については昭和三九年三月頃、昭和三九年度の分については昭和四〇年三月頃右各従業員にその借用証書を交付し、右各従業員等はその借用証書の内容に従つた給付を受けられるものとしてこれを受領したこと。
(三) そして昭和三九年二月下旬頃、当時の原告代表者山口政二は右賞与(借用証)に関する別紙一記載の内容の決算賞与の給与を受けることについての協議約定書を作成し、これに昭和三八年度の右賞与受給者(借用証書の受交付者)のうち山口達子、大寺進を除く者に署名捺印を受けて、右各賞与受給者との権利関係を明確にしたこと。
(四) 右賞与受給者のうち久保美智子、酒井あき、友田和子、恒本つる代、小田松子、大寺進はそれぞれ別紙三表従業員氏名欄の括弧内記載のとおり退職したのであるが、右各従業員の退職の際当時の原告代表者山口政二は右借用証書の処置を自分に任せるようにいい、山口達子名義をもつて久保美智子の分を金四〇、〇〇〇円、友田和子、小田松子の分を各金六〇、〇〇〇円、大寺進の分を金二五、〇〇〇円で、山口政二名義をもつて恒本つる代の分を金四〇、〇〇〇円で、山田達子もしくは山口政二名義をもつて酒井あきの分を金四〇、〇〇〇円で買受けたこと。
(五) 原告は昭和三八月末および同四一年一二月末に右各借用証書記載のとおり各受給者に対し年七分の割合による金員を利息として支払い、また昭和三七年度の分については、高田あい子、高田芳一、竹鼻勝、沢村一夫に対し昭和三九年四月一〇日と同四〇年五月二一日に元金の返済として各借用証書の記載金額の各一割、昭和三九年度の分については大寺進の分を除く他の受給者に対し昭和四〇年一一月二九日に元金の返済として各借用証書の記載金額の一割の金員の支払をしたこと。
等の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠がない。
ところで一般に従業員に対する賞与は労務の対価であるとみられるところ、労働基準法第二四条との関係はともかくとして従業員に対し右認定のような債権(賞与金が貸金に振替えられる操作はされているが実質は債権である)が決算賞与として支給されたからといつて他に特段の事由のない限り、そのことだけで労務の対価としての性格を否定することはできない(証人沢村一夫の証言によると右賞与の受給者等は原告からくれるというものは貰つておけば損にならないというような意図から原告の申出を承諾したことが窺われるが、それだからといつて受給者等に賞与としての認識がないとはいえない)。
しかしながら右認定の(二)ないし(四)の事実によると、右賞与は従業員の原告に対する長期貸付債権(期間八年、但し最初の三年間は受給者の申出により一年以上毎に一割以内を支払う)として給付されるものであり、その譲渡等の処分については厳しい制限を受け、右賞与の受給従業員が退職する場合には原則として在職中の右賞与の受給者である従業員又は社会代表者に譲渡しなければならないものとされ(前記乙第一ないし第一八号証、同第二二号証によると実際上は退職者は借用証書の金額の二分の一ないし三分の一の価格で原告の元代表者亡山口政二もしくはその妻現代表者山口達子によつて一方的に買受けられることになつていることが認められ、同族会社の行為計算の否認の規定の趣旨等からこの事実を実質的にみると長期の貸金債権を譲渡する場合には或る程度低額にならざるを得ないという一般的な事実を考慮に入れても返済期限前の退職者の分については右賞与の支給によつて原告が借用証書に記載した金額全額をそのまま債務として負担したものとは解し難い)、また原告が増資する場合には一方的にその金額の全部又は一部を増資金に充当することができるようになつていること等右賞与の具体的内容を検討すると右賞与の支給は原告にとつて債務の最大限を定め、それについて一応の支払義務を認めたものではあるが、経済的実質的な観点からみると債務としての具体性、現実性を欠くものというべく、税務会計上未だ損金に計上し得ないものと解するのが相当であり、その支払の事実のあつたときにはじめて損金に計上し得るものといわなければならない。前記(五)で認定したとおり右債務についての約定による元本の一部弁済、利息支払の事実があつたからといつて右の判断は左右されるものではない。また右のような賞与の支給をそのまま従業員の所得とみとめてこれに所得税を課するのも相当でない。
そうすると甲第二号証の一、二、三、同号証の一二によると本件係争年度中である昭和三九年四月一〇日に原告は元金の一部支払として沢村一夫、竹鼻勝、高田芳一に各金一六、〇〇〇円、高田あい子に金一二、〇〇〇円合計金六〇、〇〇〇円を現実に支払つていることがみとめられるので、本件係争年度中昭和三九年度において右金額のみが損金として計上し得るものである。なお原告は昭和三八年一二月末に昭和三七年度の分の利息の支払をしていることが認められるが特別の事情のない限り原告は右金額を支払利息として損金に計上しているものと推定できるので、原告の所得の算出に影響がない。
そうだとすると原告の右のような賞与の支給を原告の計上のとおり損金とすることは利益調整のための操作を許すことになり期間計算を基調とする法人税課税の公平を期し難く、原告の右のような賞与を損金に計上することを容認した場合には、法人税の負担を不当に減少させる結果となる。
よつて被告が旧法人税法(昭和四〇年法第三四号改正前)第三〇条により、昭和三七年度の賞与額金一、七一〇、〇〇〇円、同三八年度の賞与額金一、五〇〇、〇〇〇円、同三九年度の賞与額金一、四〇〇、〇〇〇円のうち金一、三四〇、〇〇〇円を否認したのは正当であり、昭和三九年度の賞与額金一、四〇〇、〇〇〇円のうち金六〇、〇〇〇円の部分を否認したのは失当である。
四 次に原告は被告が原告の昭和三七年度の法人税の確定申告に対し昭和三八年六月二九日法人税額等の申告是認通知書をもつて申告是認通知をしたにもかかわらず、右是認処理をくつがえし昭和三七年度から三年間にわたつて更正処分をしたのは禁反言の法理に反すると主張し、被告において右申告是認通知をしたことを認めているのであるが、右申告是認通知は税務官庁の事務上の便宜ならびに納税者に対する便宜の供与のための事実上の行為であつて、納税者に対する法律上の効果を生ぜしめるような行為ではなく、それまでの調査にもとづいて納税者の申告に対する所轄税務官庁の一応の態度を表明するものにすぎないから後にこれに反する行政処分が行われたからといつて禁反言の法理に反するということはできない。
五 以上認定したとおりであるから原告の本訴請求のうち昭和三七年度、同三八年度の法人税についての更正処分および過少申告加算税の賦課決定の取消を求める部分は失当であり、昭和三九年度の法人税についての更正処分および過少申告加算税の賦課決定の取消を求める部分のうち、所得額金四、三四一、五四三円を超える部分および過少申告加算税賦課決定のうち右所得金額に対応する部分を超える部分は正当であり、その余の部分は失当といわなければならない。
よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石崎甚八 長谷喜仁 福井厚士)
(別紙一)
決算賞与の給与を受けることについての協議約定書
第一条 本賞与金は源泉徴収所得税を控除したる残額会社に長期貸付金とする。
第二条 貸付金の期間及び償還方法金利等はすべて会社に委任するものとする。
第三条 会社より借用証書を各人宛に発行交付を受けるものとし、其の証書には貸付期間返還方法、金利の定めを記入するものとする。
第四条 会社倒産其の他の事故有る場合は、其の時の貸付残額の四分の一以上は其の時の会社の代表者の個人責任において支払いを受けるものとする。
第五条 従業員退職の場合は、本賞与金の支給を受けた根本の主旨に基き、その者の所有する貸付残額の権利は残留貸主従業員の誰れかに譲渡して退社しなければならない。
第六条 従業員のうちに引受者がない時は第四条に記載する代表者の保証率に基き会社のその時の代表者個人責任において引受けるものとする。
第七条 退職者が引続き貸付権利を所持する場合においては其の残金の最終支払期日まで無利子にて据置くものとする。
第八条 会社増資の時、会社増資の方針に基き、其の貸付残高の金額又は一部を増資金に充当されることもあり、退職者の貸付金も亦同じである。
第九条 前条、三条、四条、六条の規定は一条、二条規定の前提条件とする。
第十条 前条件の貸付条件に異議有るものは決算賞与金の給与を拒否することができる。
第十一条 前年度及び今後給与を受ける決算賞与金はすべてこの約定によるものとする。
(別紙二)
借用証書
一 金円
左記条件に依り、右金額正に借用致しました。
記
第一条 この資金の用途は会社の設備資金に限り、利息は年七分と定める。
第二条 この資金の返済期間は八年間とし、返済期日は昭和四六年三月三〇日とする。
但し貸主の請求ある時最初の三年間に限り一年以上毎に頭初金額の一割相当額以内の金額を支払う。残余の金額については、前条に規定した期間内においては、請求することができない。最初の三年以内に貸主が退職した場合退社当時の残金は最終期まで据置する。
第三条 会社資金に余裕あるときは、会社の意思により、前条の期限を繰上げその一部又は全部を返済することができる。
第四条 貸主がこの借入金の内金を受領したときは、この証書の裏面に受領日、受領金額を記載し、受領者が署名押印しなければならない。
第五条 この証書は会社の書面に依る承諾がなければ譲渡又は、質入れをすることができない。
(別紙三)
原告が従業員等に交付した借用証書の記載金額
従業員氏名
昭和三七年度
昭和三八年度
昭和三九年度
田中京子
一二〇、〇〇〇円
一三二、〇〇〇円
一三三、〇〇〇円
諏訪とし子
一二〇、〇〇〇
一三三、〇〇〇
一三五、〇〇〇
久保美智子
(昭和38年12月退職)
一二〇、〇〇〇
花岡千代子
一二〇、〇〇〇
一三六、〇〇〇
一四〇、〇〇〇
稲葉(高田)あい子
一二〇、〇〇〇
一三六、〇〇〇
一三七、〇〇〇
高田芳一
一六〇、〇〇〇
一六六、〇〇〇
一六六、〇〇〇
酒井あき
(昭和39年1月退職)
一二〇、〇〇〇
友田和子
(昭和38年8月退職)
一二〇、〇〇〇
恒本つる代
(昭和38年3月退職)
一二〇、〇〇〇
小田松子
(昭和38年10月退職)
一二〇、〇〇〇
竹鼻勝
一六〇、〇〇〇
一六八、〇〇〇
一六九、〇〇〇
沢村一夫
一六〇、〇〇〇
一七〇、〇〇〇
一七四、〇〇〇
山口達子
一七三、〇〇〇
一六七、〇〇〇
大寺進
(昭和39年3月退職)
八六、〇〇〇
(計)
一、五六〇、〇〇〇円
一、三〇〇、〇〇〇円
一、二二一、〇〇〇円